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69年後に消滅するであろう、秋田県の中の人が書くブログです。

1996年、キックバックの夏。【第一話】

就職氷河期世代の僕です。

あと少しでバブルを体験できたのに・・・。

僕はバブルが崩壊したあと、就職先が見つからず、出版社でアルバイトしていました。

その時に、付き合っていた印刷会社の営業マンから聞いた驚愕の話を思い出しました。

小説を読まない僕ですが、小説風に書いてみます。

それでは、どうぞ。

 

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1996年、真夏の東京。

 

「お前ら、営業マンなんだから、早く外回りしろ!」

今朝も高山専務の怒声が営業部のフロアに響き渡る。

フロアにいた30人の営業マンたちは、渋々と重い腰を上げ会社を出る。

28歳の伊藤は営業二課の主任を務めていた。

 

「先輩、今日はどうします?」

部下の佐々木が聞いてくる。

今年入社した部下の佐々木は、いわゆる就職氷河期世代の人間。

「とりあえず、いつもの喫茶店にでも行くか」

 

 伊藤たちが務める印刷会社は、業界では中堅どころ。

主たる得意先は、大手企業、公的機関など。

下請けする仕事は広告代理店と出版社ぐらいだった。

 

 喫茶店についた伊藤は、部下の佐々木たちといつものアイスコーヒーを頼む。

店内では、今年も「夏の日の1993」が流れている。


夏の日の1993 class オリジナルPV

この曲を聴くたびにあることを伊藤は思い出す。

伊藤は3年前に、家のローンを組んでいた。

3年前の1993年は、バブル後半だったといえよう。

バブルは終わらない、と誰もが思っていた。

将来の不安なんて無い、伊藤もそう思っていた。

新婚の伊藤は、なんの迷いもなく家を購入してしまった。

結婚もした、仕事も順調、人生は上々だ。

しかし、3年後の1996年の夏、日本の景気はすっかり冷え込んでいた。

 

「先輩、今日はどうします?」

部下の佐々木の口癖だ。

得意先は広告宣伝費を削減。

役所の仕事もポツリポツリ。

「昔は、役所の廊下歩いているだけで、呼び止められて、仕事がもらえたよ」

「へぇー、そうなんすか」

「それが今じゃ、こっちからわざわざ顔だしてやってんのに、結局入札だよ」

「それで先輩、今日はどうします?」

「バブルのころは良かったなぁ」

 

伊藤のセブンスターが3本目になったころ、喫茶店のチャイムが鳴った。

課長の大川だった。

大川課長は、同じ課内の鮫島と西岡を引き連れていた。

営業二課のメンバー五名全員が、いつもの喫茶店に集合した。

 

1時間ほど経ったころ、大川課長が言った。

「そろそろ各自、得意先をまわろう」

 

 伊藤のメインクライアントは、ブティックやセレクトショップがテナントとして集合しているファッションビルだった。

真夏のこの時期は、冬のクリスマス商戦、正月商戦に向けた企画を打ち合わせする。

打ち合わせの席には、クライアントのほかにグラフィックデザイナーとマーチャンダイジングアドバイザーが同席していた。 

マーチャンダイジングアドバイザーとは、小売業をコンサルしている職種だ。

 クライアントは、マーチャンダイジングアドバイザーのほぼいいなりだった。

クライアントはマーチャンダイジングアドバイザーを「先生」と呼んでいた。

デザイナーは、印刷会社の下請けだった。

しかし、クライアントに対しては、強めの意見が言えるのがデザイナー。

つまり、この場でもっとも立場が弱いのが印刷会社の営業マンである。

 

お金の流れ

クライアント→マーチャンダイジングアドバイザー

印刷会社

デザイナー

 

立場の強さ
  1. マーチャンダイジングアドバイザー
  2. ファッションビルマネージャー
  3. フリーランスのデザイナー
  4. 印刷会社営業マン

 

 なんで、こういう図になるかと言うと、印刷会社は印刷するだけだから。

ファッションビルの戦略を描いているのは、マーチャンダイジングアドバイザー。

デザイナーは、その戦略に対して、戦術をプランニングする。

 当時は、TVCMにも劣らず、新聞広告や折込チラシにも勢いがあった。

このファッションビルのマネージャーは、折込チラシに重きをおいているファッションビルだった。

ファッションビルが、というより、マーチャンダイジングアドバイザー(以下、MD)が折込チラシを得意としていた。

そのため、広告代理店ではなく、伊藤の印刷会社を指名してくれていた。

 

バブル崩壊の1996年、ファッションビルの年間広告予算は、前年度の3割減となっていた。

話を聞くところ、MDの予算は前年とほぼ変わらず。

全てのしわ寄せは、一番立場の弱い印刷会社に来ていた。

これは、ファッションビル業界に限ったことではなく、全ての業界において、印刷会社の立場は弱かった。

この印刷会社の立場の弱さは、現代でも変わらないのではないだろうか。

 

打ち合わせが終わり、夕方、会社に戻った。

夕方の社内、課長と定番の会話。

「おつかれさん。今日はどうだった?」

「まあ、ぼちぼちですよ」

 

営業日報を書き始めた、そのとき。

部下の佐々木が小声で話しかけてきた。

「先輩、キックバックって知ってます?」

 

キックバックとは、仕入れ代金の上乗せのことだ。

例えば、外注先へ本来10万円で発注するべきものに対して、5万円上乗せして15万円で発注する。

上乗せした5万円を外注先から発注者個人がもらうのだ。

直接的に損をするのは、発注者の会社。

発注者個人は、得をする。

もちろん、会社にバレれば背任行為となり、最悪の場合背任罪となり、五年以下の懲役または50万円以下の罰金が処せられる。

 

「先輩、営業三課で流行ってるらしいんですよ、キックバックが」

「マジか?」

「本当ですよ。バレないらしいですよ」

 

伊藤は部下の佐々木に言った。

「その手の話はやめとけ、会社にバレたらクビだぞ」

 

伊藤はそのときは、そう思っていた。

そのときは。

 

(第二話へ続く)

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