【告白】ある日、取調室にて。「それでもボクはやってない」

ほぼ日記

迷いと決断。

迷いとは、迷走している状態である。

私は、迷走していると客観的に気づいたときは、瞑想している。

とにかく一旦、心を落ち着けるのだ。

 

あれから12年が経過した。

当時、私は江戸川区葛西の貸家に住んでいた。

仕事では、上司とクライアントとの間で板挟みになり、四苦八苦。

プライベートでは、うじうじした宙ぶらりんな生活。

この単調な日々を、幸か不幸か考えあぐねる。

何もかも決めかねるのだ。

味も素っ気もない、無味乾燥な日常。

やがて、私は思想の混迷に陥っていた。

この日々に脱出ポイントはあるのだろうか、と。

私は布団の中で、そればかりを考えていた。

 

ピンポーン。

静かな土曜の朝7時、玄関のチャイムが鳴った。

私は布団の中で、うとうとしていた。

階段を駆け上がる妻の足音がする。

「あなた、警察よ。警察が来たわ。あなたに聞きたいことがあるって」

妻の思いもよらない言葉に私の眠気は一気にすっとんだ。

私は寝巻きのまま、恐る恐る階段を下りていった。

玄関には、刑事らしき人物が二人立っていた。

 

「捜査一課の安川です。あなたの知り合いの伊藤さんの件で、お伺いしたいことがあります。署までご同行願えますか」

 

外に出ると、眩しいばかりの青空。

まさに、青天の霹靂とは、このことか。

任意同行を拒否することなど、当時の私は知る由もなく、刑事の言うがままに車に乗せられてしまった。

それにしても、唐突な出来事に、まったくもって訳のわからない私は、なぜかワクワクが止まらない。

いや、ドキドキなんだろうか。

全身の血が逆流していくような高揚感を味わっていた。

人生は時として、非日常感を味わう瞬間がある。

私は、非日常感が欲しかったんだ。

そんなことを刑事が運転する安っぽいカローラの中で感じていた。

 

警察署に着いた。

薄暗い警察署の廊下を歩き、2階へ上がる。

刑事は、1枚目のドアを開錠し、施錠する。

2枚目のドアも同じく開錠し、施錠。

私は生まれて初めて8畳ほどの取調室に入った。

その取調室は、窓がないため、息苦しかった。

この時の私の脳内BGMは尾崎豊の太陽の破片が流れ出していた。

昨夜眠れずに〜♫


太陽の破片

 

取調室の壁に手を触れた私は妙な感触を感じていた。

フカフカしていて、柔らかい。

「容疑者が暴れても怪我しないようにしてるんだよ」

尋問を受けていると、気が狂って暴れだす容疑者がいるらしい。

刑事は、私をビビらせているのか?

そんな刑事の心とは裏腹に、私のワクワク感は止まらない。

この非日常空間に、気分がノッてきた。

 

「刑事さん、本題に入りましょう。私の容疑はなんですか?」

一体、私になんの容疑がかかっていると言うのだ?

「贈収賄です」

 

は?

 

まったく予想だにしていない刑事の一言に耳を疑った。

私が取引先の伊藤さんにお金を渡したらしい。

即座に私は、「やってません!」と怒りをこめて刑事に否定した。

刑事は、少しニヤつきながら「だから、それをこれから聴取させていただきますよ」と言った。

刑事は、全部知ってるぞと言わんとばかりの顔つきだ。

 

「伊藤さんは吐いたよ。伊藤さんとあなたの関係は全て聞いています」

 何を知っているというんだ?

刑事が言うには、伊藤さんは私から20万円もらったらしい。

その見返りに、私は仕事を受注した。

それが、贈収賄だと言うのだ。

まったく身に覚えがない私は、刑事の言っていることは、誘導尋問だと思った。

なぜかといえば、TV番組のロンドンハーツを見ていた私は、田村淳が浮気調査のコーナーで誘導尋問をやっている場面をよく見ていたから。

これが噂の誘導尋問ってやつか。

だいたい、伊藤さんは人格者だ。

伊藤さんが、もらってもいないカネをもらったって言うはずがない。

その時の私は、刑事が言っていることは全て嘘だと思っていた。

 

「刑事さん、あなたの主張はわかりました。で、証拠は?」

刑事は、私の銀行口座とクレジットカードの明細を見せた。

おいおい、私の個人情報は簡単に入手できてしまうのか?

日本の金融機関はいとも簡単に口座情報の開示をしてしまうようだ。

刑事はひとつひとつ質問してきた。

「◯月◯日、20万円引き落としていますね。使用目的はなんですか?」

私は、基本的に現金を使わない。

クレジットカードしか使わない主義だ。

今の若者であれば、電子決済が常識で、現金を持たない、使わないという人が多いだろう。

しかし、私は12年以上前から現金は使わない人間だった。

だから、現金は数ヶ月に一回まとめた金額を銀行から下ろすだけだった。

刑事はそこに疑問を持ったらしい。

そのまとまった20万円を下ろして伊藤さんに渡したものとして、私を疑っていた。

1年以上前に下ろした20万円の使いみちなんて覚えていない。

 

「記憶にございません」

まるで、政治家の答弁のようなお決まりのセリフを言ってみた。

刑事は私に記憶の扉を開けろ、と言う。

現金は足跡が残らない。

クレジットカードは履歴が残る。

履歴が残るから私はクレジットカードを使っているのだ。

いつ何を買ったのか、先月はいくら使ったのか、履歴が残るからこそ使っている。

現金の使いみち、現金しか使えない店で使った、としか言いようがない。

ラーメン屋とか、居酒屋とか。

 

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「ウソつけ!覚えてるだろう!」

刑事は、私を恫喝した。

はいはい、お決まりのパターンね。

恫喝する者に私は動じない。

恫喝する人間は、今までも見てきたから。

このへんは、刑事ドラマと変わらない。

ああ、本当に恫喝してくるんだなって妙に関心した。

やがて、クレジットカードで買ったものに対して質問してきた。

 

「紳士服の店で使った10万円、これなに買ったの?」

クレジットカードの明細を見ながら、内訳を聞いてきた。

私は、面倒くさがり体質なので、なんでもまとめ買いする。

そのときの10万円の内訳は、ワイシャツ10枚とネクタイ10本を買ったものだった。

刑事は、そのワイシャツとネクタイも伊藤さんにプレゼントしたのではないか、と疑ってくる。

なんだかよくわからないのだが、その程度でも贈収賄になるらしい。

刑事は、何か少しずつ責めたかったんだろう。

少しのほころびを見つけて、描いたストーリーへ私を誘おうとしている。

 

しかし、私は落ちない。

やってないのだから、落ちようがない。

そうこうしているうちに昼になった。

刑事は、昼飯どうする?って聞いてきた。

もちろん私は

「カツ丼で!」

ここは、刑事ドラマでよく出てくるカツ丼でしょ!

取調室で食べるカツ丼、インスタ映えしそう!

 

ところが、刑事は、なぜか私に右手を差し出した。

なんと、カツ丼代を請求してきた。

私は、火山のマグマのように怒りが込み上がってきた。

清廉潔白の無実の国民の貴重な時間を奪っておきながら、昼食代も出さないとは何事か!

国家権力たちは、税金をなんだと思っているのか!

刑事が容疑者に昼食代を請求するシーンなんてテレビドラマで見たことがない。

刑事は、私の怒りに驚いたようで、個人的に自分が内緒で奢ってもいい、と言ってきた。

しかし、怒りの収まらない私は、刑事に奢られてなるものか、と腹に決め、1000円を渡した。

 

カツ丼を待つこと30分。

ここで、また事件が起きた!

刑事がコンビニでカツ丼を買ってきたのだ。

ありえない。

カツ丼は、定食屋のどんぶりだからいいのだ。

どんぶりのカツ丼だからこそ、取り調べ室で味わい深いのだ。

 

「刑事さん、テレビでちゃんと刑事ドラマ見てますか!?」

私の怒りは最高潮に達した。

私の描いていた取り調べのイメージがどんどん崩れていくではないか。

人を疑うのはいい。

それが、あなたたちの仕事だから。

しかし、こういうのだけは、納得いかない。

私は、人生の様々な場面において、いかに演出することが大切であるか、プレゼンテーションを始めた。

刑事は、「お、おう」とのけぞり気味に返事をした。

今思うと、刑事は若干、引き気味だったように思える。

私はとかく演出を大事にする。

それは、妻の誕生日のサプライズでも。

そういった意味で、自分が金払って、しかもコンビニのカツ丼には、ガッカリしてしまった。

しょうがなく渋々、カツ丼を食い終わり、午後の取り調べに入った。

 

「お父さんとお母さんも泣いてるよ」

「今、自白しても将来には傷つかないよ」

午後の取り調べは、いわゆる泣き落とし作戦から始まった。

おお!

これは、昔の刑事ドラマで見てたパターンだ。

なんだかちょっと嬉しくなった。

カツ丼の件で、刑事は少し反省したのかもしれない。

昔ながらの古い戦法を使ってきてくれた。

 

私からなんにも出てこない刑事は、しびれを切らせスケジュール帳を出せと言ってきた。

当時はグーグルカレンダーがなかったから、紙のスケジュール帳を使っていた。

今年のスケジュール帳は手元にあるが、去年のスケジュール帳は捨てている。

刑事は、何度も「思い出せ」とは言うけれど、なかなか思い出せない。

 

まあ、そんなこんなで丸三日間、朝7時から夜11時まで取り調べを受けた。

窓がない取調室、非日常空間において、私は気分が高揚していた。

私は、ちょっと特殊な人間なのかもしれない。

こんな状況をワクワクできる私は、頭がおかしいのかもしれない。

 

やがて、この事件は、証拠不十分で幕を閉じた。

刑事からは、今回疑いのかけられた人物や関係者と極力会わないように指示を受けた。

無実にも関わらず、そのような指示を受けることに理不尽さを感じた。

きっと、警察のプライドってやつなのかもしれない。

まあ、不要に会って、警察にまた容疑をかけられるのも無用だ。

刑事の指示に従うのはしゃくにさわるが、言われたとおりにした。

 

1週間後、映画「それでもボクはやってない」を観た。

映画で知ったことは、日本では、取り調べにおいて罪を認めてしまうと、裁判での有罪率は99%らしい。

ゾッとした。

この事実を知っていたなら、相当ビビって取り調べを受けていたかもしれない。

知らなくてよかった、と思った。

 

そして、それから2年後、ポカポカ陽気の5月。

私は、妻とお台場でデートしていた。

伊藤さんと偶然バッタリ、再会した。

あの時の出来事を話してみた。

そして、僕は聞いてみた。

「伊藤さん、言ってないですよね?僕が伊藤さんに現金渡したなんてことを」

 

伊藤さんは、少し照れ笑いを浮かべながら、

「あー、それごめんね。三日間も取り調べ受けていたら、頭が朦朧としちゃってさ、言っちゃったんだよねー。刑事もしつこいからさー。ホント、悪かったね」

 

は?

 

おいおい、てへぺろ、じゃねーんだよ!

唖然としてしまった。

真実は、知らないほうがいいこともある・・・。

人は追い詰められたら、やってないことをやった、と言ってしまうのだ。

それは、人格者とか関係ないのかもしれない。

伊藤さんは、伊藤さんの決断をしたのだ。

自分を守る決断をしたのだ。

自分というより、家族を守る決断をしたのだ。

伊藤さんには、足の不自由な娘がいる。

娘を一人、家に置いておくわけにはいかない。

伊藤さんは、その迷いの中で決断したのだ。

それが私を裏切る行為であることは分かっていただろう。

きっと、苦渋の決断だっただろう。

私は、その決断を責めることなどできない。

 

人間万事塞翁が馬

 

人生なんて何が良くて、何が悪いかなんて、死ぬときまでわからない。

人の心は、変わりゆくものだ。

日々何かを感じ、誰しも、迷いながら決断をして生きている。

あの時、私がやってもいないことをやった、と言っていたなら、その後の人生はどうなっていたんだろう?

土曜の晴れた午後、あの日のことを思い出した。

 


CRAZY KEN BANDーあぶく

 

 

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